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吉田山田『日々』の歌詞はどのように生まれたか―泣ける歌を生み出す2人の生き方とは

吉田山田『日々』の歌詞はどのように生まれたか―泣ける歌を生み出す2人の生き方とは

吉田山田『日々』の歌詞はどのように生まれたか―泣ける歌を生み出す2人の生き方とはとにかく「泣ける!」と評判のあの曲を歌う2人に注目!

男性デュオ『吉田山田』が歌う『日々』という曲は、2013年12月と2014年1月にNHK『みんなの歌』で放送され、大きな反響を呼んだ。

どことなく懐かしさを感じる、しっとりとしたメロディーに乗って流れてくる『日々』。耳に入ってくるというより、じわじわと心に響いてくるようだ。

多数のリクエストを受けて2014年2月に再放送、4月に再々放送されるほどの人気ぶりだ。

そのあともリクエストが止まることはなく、ついに2014年9月に再再再放送されることが決定した。

今回は、2014年8月27日に『日々』DVD付シングルも発売するなど、今年の紅白出場も見えてきた話題の男性デュオ、『吉田山田』をクローズアップする。

高校時代の同級生、吉田結威と山田義孝からなる『吉田山田』

『吉田山田』は、ギター・ボーカル担当の吉田結威(よしだ・ゆい)とボーカル担当の山田義孝(やまだ・よしたか)の2人からなるグループ。

吉田山田の2人。 左がギター・ボーカル担当の吉田結威(よしだ・ゆい)、右がボーカル担当の山田義孝(やまだ・よしたか)。

吉田山田の2人。
左がギター・ボーカル担当の吉田結威(よしだ・ゆい)、右がボーカル担当の山田義孝(やまだ・よしたか)。

当時同じ高校に通っていた同級生。入学したときから顔見知りだったという二人だが、初めて一緒に音楽活動したのは3年生のときだったという。

しかし吉田は山田のことをあまり好きではなく、入学式のときから金髪で見た目も個性的だったため、仲よくなれそうにないと思っていたそうだ。

そんな2人が、初めて言葉を交わす舞台となったのは、高校生活最後の文化祭だった。

文化祭でアカペラをやることになったという吉田は、誰か歌のうまい人を探していたという。

そして友達が山田の名前を挙げていたため、吉田から誘ったのだとか。

山田は吉田と歌ってみたかった

だが実は、吉田はそれ以前から山田のことが気になっていたという。

高校1年のときから文化祭でバンドを組んで歌ったり、弾き語りをしていたという吉田。

そのとき体育館の観客席の真ん中で、毎回歌のジャマになるくらい号泣している男がいたのだという。それが山田だったという。

なんでこんなに泣くんだろうと思うと同時に、こんなに素直に涙が流せるなんて、本当は素敵な人なんじゃないかなと、ちょっと興味を持ち始めていたという。

一方の山田は1年生のときから弾き語りをする吉田を見ていて、常に感動していて、いつか吉田と一緒に歌ってみたいなと思っていたのだという。

高校最後の文化祭で山田の夢はかなうことになるが、高校を卒業したあと、2人は別々の道を歩み始める。

心理カウンセラーなる道を選んだ吉田のもとに山田からの電話

吉田は心理学を学ぶためにに大学に進み、やりたいことがたくさんある山田はアーティスティックな仕事をしつつ、テレビにチョイ役で出演したりしていたそうだ。

吉田はずっと音楽をやっていく気はなく、心理カウンセラーになるつもりだったという。

大学に入ってから1年間は、今までにないほど勉強し、本気でカウンセラーを目指していたのだという。

一方、山田は、高校3年の文化祭のときに歌う快感を覚えてしまったそうで、それ以来ずっと歌ってすごいなあ、楽しいなあと思っていたのだという。

しかし、ほかにもやりたいことがあり、服を作ったり、写真を撮ったり、絵を描いたりしていたのだという。

そして、その日は突然やってくる。

大学2年になろうとしていたときだった。吉田のもとに山田から久しぶりに電話がかかってきた。

『よっちゃんと一緒に音楽やりたいよ』と、電話の向こうで、また号泣していたという。

吉田はそのころ、自分の進路に迷いが生じ始めていた。そんなときにかかってきた電話がターニングポイントになった。

山田は、いろんなことをやりつつも、一番やりたいことはいったい何だろうと考えたときに、純粋に吉田と一緒に歌を歌いたい、と思って電話したという。

本気で音楽をやるなら、この人しかいないと思っていたという吉田。

吉田は「こちらこそお願いします」と答えたという。

デュオ名が『吉田山田』になったいきさつ

かくして、『吉田山田』が誕生した。

しかし、正確に言えば、この時点ではまだ『吉田山田』は生まれていない。

吉田がこのとき考えていたデュオ名は『ザ・カフェラテ』だった。

横文字にすごく憧れていて、2人をコーヒーとミルクにたとえ、合わせてというのを考えていたという。

しかし、そんなオシャレな名前とはかけ離れた、ネット上ではお笑い芸人みたいと、ささやかれてしまう名前になってしまったのには理由があった。

曲が完成する前にライブハウスを押さえて、この日が本番だぞ、と自らをたきつけて制作活動にあたっていたという二人。

そのため、ライブハウスに申し込むときに名前がまだ決まっていなくて、2人の本名で申し込んだのだという。

さらに、ステージで「みなさん、こんばんは、『ザ・カフェラテです』」と言ったことを想像して、歯が浮いてしまったという吉田。

そんな理由でユニット名は『吉田山田』に正式決定した。

名曲『日々』が生まれたいきさつ

メジャーデビューして2014年で5年目、作った曲は100曲近くになるという『吉田山田』。

その中で、大きな反響を呼んだのが『日々』だ。

ちょうど曲作りをしていた時期にNHKの『みんなのうた』から話があり、作った曲だという。

昔、近所に畳屋のおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいたが、おじいちゃんの具合がすごく悪いんだよねっていう話を聞いていたという山田。

いろんなことを想像しながら、あのころはこうだったのかなあ、と鼻歌まじりに歌ってみたら、歌の原型ができたのだという。

ライブでの反響も大きい『日々』

ライブでこの曲が歌われると会場からすすり泣きが聞こえるという『日々』。

中には号泣する人もいるのだとか。

女子高生が、自分の両親や親戚のおばちゃんをライブに連れてきてくれることはあったが、最近は、おじいちゃんやおばあちゃんを連れてきてくれるので、世代が広がった感じだという吉田。

『日々』という曲で出会えなかった人たちに出会えたし、音楽ってすごい力があるんだなと実感したという吉田。これからも、もっといい曲をどんどん作っていきたいという。

耳を澄まして詞をじっくりと聴くのがいい『日々』。若者は遠い未来にある自分を、中高年はほどなく訪れるであろう自分を、おじいちゃんとおばあちゃんは今の自分たちを、この歌に投影するのだろうか。

今後最注目のアーティスト「吉田山田」から目が離せない。

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